レポート
前回まで はじめに 第一章 第二章 第三章 バトラーのメランコリー論の展開 3−1. 幻想的同一化 バトラーの著作のなかで、精神分析的な同一化やメランコリーの理論と、ジェンダー・パフォーマティヴィティの議論は一見あまり噛み合っていないように思える。…
前回まで はじめに 第一章 第二章 バトラーのフロイト批判 2−1 法の遡及的効果としての「気質」 『ジェンダー・トラブル』*1の第二章第三節、「フロイトおよびジェンダーのメランコリー」において、バトラーはフロイトのメランコリー論を検討する。フェミ…
はじめに 第一章 フロイトのメランコリー論 1ー1. 喪とメランコリー バトラーがメランコリーに注目するのは、他者を自我のうちに内在化させるというメランコリー的同一化(identification)のメカニズムが、ジェンダー・アイデンティティの形成に関係する…
目次 ●前書き 第一章 フロイトのメランコリー論 1−1 喪とメランコリー 1−2 ある批判的審級 1−3 エディプスコンプレクス 第二章 バトラーのフロイト批判 2−1 法の遡及的効果としての「気質」 2−2 同性愛の予めの排除 2−3 パフォーマティヴなジェ…
はじめに 日本の近現代小説を一考するうえで、「私小説」の系譜を無視することはできない。私小説とは、「書くこと」と「私」という小説における根源的な要素それ自体を題材とし、小説という形式にする試みのことである。仮にその源流を田山花袋の『蒲団』(…
学部三年の冬に書いたものです。一つの作家の映画を三つ以上見てそれらについて論じる、という課題でした。ちょっとレトリックを覚えたのかもしれない。 「私が長らく不満だったのは、映画であれば画面にラジオもステレオも音楽家も見えないにもかかわらず、…
学部二年の夏に書いたものです。はじめてまともに書いたレポートかもしれない。 はじめに 松浦理英子は一九七八年に『葬儀の日』で文學界新人賞を受賞してデビューした作家である。松浦の作品においては、エッセイや対談、インタビューなどで語られる松浦自…
学部三年の冬に書いたものです。コメントでは、シュルレアリスムの女性作家と比較すべき(ハンナ・ヘーヒとか)って書かれました。 わずか七年の間におよそ一二〇点の作品をのこし、四十年ほど忘れられた作家であった岡上淑子のフォト・コラージュは…
学部四年の春に書いたものです。時間がなくけっこうやっつけ仕事的に書いてしまった気がします 誰かが私に言ったのだ/世界は言葉でできていると*1——山尾悠子の小説世界を表す言葉として有名になった一節である。言葉によって架空の世界を構築し、…
学部三年の夏に期末レポートとして書いたものです。いまみるとかなり拙く、もっと書き込むべきと思いますが、拾っているポイント自体はいまも興味のあることなので、いろいろ読んでからいつか書き直せたらいいなあと思っています。 1.はじめに 本稿では…
※学部二年の冬に提出したレポートの転載です。 ハミングは音の響きとして繰り返される。リトルネロ、夢というものが意識が回収しきれずにいる綻んだ苦しみをすっぽりと覆い尽くすものであるのと変わらずに、ことばで縫合しきることのない境界をさすり続ける…