塔と象

 


 こんな夢を私は思い出した。
 先の見えない薄暗い廊下を歩いている。なにか塔のような高さのある建物だがひとけはなく、コツコツという自分の足音だけが高い天井に反響している。歩き続けているとやがて分厚い布張りの扉の前にたどり着く。どれくらい歩いたのかわからないが、冷たい風がときおり吹き抜けるので身体の末端の感覚がうすれてきて、瞼も重たい。しかし私はこの扉を開けなければならないと思う。この扉をあける呪文を知っている。ひらく。そこは壁一面にたくさんの本が並べられた図書室のようなところであるとわかる。室内はわずかに明かりがついていて、私はそれをたよりに背表紙をながめやり、一つの書物を手に取る。



 私たちがプルーストの『失われた時を求めて*1に対してなにかを言うことを躊躇うとすれば、それはこの小説の長さそのものというよりも、その長さに伴う内容の綿密さに対して私一人の抱え切れる容量がとても足りないように思われるからである。プルースト一人が書いたにもかかわらず、私一人がその小説を受け止め切ることができない。そのように感じさせる力がこの小説にはある。その力はなにも『失われた時を求めて』に限らず、言語で書かれた小説と〈私〉というメディウムのすべての関係において本来あるはずだ。しかしこの小説は、語り手の〈私〉に私たちが長い間付き合わざるをえないために、〈私〉の読書体験としては特異なものをもたらしてくれる。ある芸術作品から人間は何を受け取ることができるのかという、あらためて問うと気の遠くなるような、しかし尽きるところ本当にそれしかないという問いを、まさに一つの芸術作品の中にプルーストは織り込んだ。『失われた時を求めて』には、画家のエルスチール、作家のベルゴット、そして作曲家のヴァントゥイユという架空の芸術家とその芸術作品が登場する。芸術作品を創出する人と、それを受容する人たちの姿を描くことでプルーストはこの問いを小説のなかで深めたのであった。ここでは、ヴァントゥイユの音楽について語り手たちが探究したこと、本質的にはそれが小説を読み、書くという行為であることが圧縮してなぞられる。音楽と同様にこの長い小説は時間芸術である。この短い文章で私たちは瞬間的にいくつものことを通り過ぎてしまうが、〈私〉におとずれた一夜の夢の啓示をともにみていただければよい。

 ヴァントゥイユの創った音楽には、ソナタと七重奏曲という二つの極があり、それぞれがスワンと語り手の姿勢に対応している。シャルル・スワンはある夜会でヴァントゥイユのヴァイオリンとピアノのためのソナタを聴いた。最初にその音の波の印象を受けたとき、スワンはまず未知の恋にも似た官能を受け取った。当時オデットに恋をしていた彼は、ヴァントゥイユのソナタの小楽節 petite phraseをふたりの〈恋の国歌〉とし、オデットにピアノでソナタを弾かせることもあった。「小楽節は、スワンにとっては、彼がオデットに抱いている恋につながりつづけていた。彼はこの恋が、外部の何物とも、彼以外の人によって認められる何物とも、照応しないものだということをよく感じていた」(1-397)。そのようにソナタをただ自分の恋と結びつけてうっとりとしていたスワンだったが、小楽節は彼にそれだけを呼び起こしたのではなかった。小楽節=リトルネロは彼に「一種の若がえりの可能性」を示した。彼はこんなふうにして老いていた。「これまでの長いあいだ、彼は生活をある理想の目的にあてはめることをあきらめてしまい、ただ日々の満足を求めることだけに生活を局限してきたために、もっとも自分の心にはっきり言いきかせてはいなかったが、そうした生活状態は死ぬまで変わらないだろうと思っていた、そればかりではなく、心のなかに高尚な考を抱かなくなった彼は、そうした高尚な考の実在を信じることもすでにやめてしまったのだが、さりとてまったくその実在を否定してしまうこともできなかった」(1-352)。スワンにとっての「失われた時」、彼の人生の若い頃に抱いていており、やがて諦めた「理想の目的」を思い起こさせたのがソナタの小楽節であったのだ。社交界や日々の生活や恋愛によって失われてしまった本来的な理想の目的、「高尚な考」とはおそらく、作品を読み解き、また創り出すことだった。スワンはフェルメールの研究家であったが、オデットとの恋のためにそれはしばしば中断され、フェルメールの絵画のあるデン・ハーグドレスデンに赴こうにもオデットのいるパリを離れられないのであった(1-596)。さらに、スワンはソナタそのものがどのようなものかというよりは、ヴァントゥイユの人生においてソナタがどのような意味をもっていたのかに興味をもつという、プルーストがそれに反論したことで知られる、サント=ブーヴ的な芸術への態度をとっていた。小楽節は、スワンに芸術の可能性をたしかに示した。しかしスワンにとって、小楽節はあくまでみずからの恋と結びついたものにしか捉えられず、作品の批評や創作へと力を向けることがなかったのである。
 一方、語り手もまたアルベルチーヌとの恋に振り回される日常を送っていた。私たちは『囚われの女』までにさんざん語り手の恋と嫉妬をみてきた。ヴァントゥイユの七重奏曲は彼の死後にヴェルデュラン家の夜会で発表され、そこに語り手が居合わせることとなったのだが、このとき語り手はアルベルチーヌの同性愛的関係を疑って悩まされていたのだった。夜会で演奏が始まると、語り手はまずあの小楽節を聴き取った。しかしその小楽節はソナタへと導かれるのではなく、未発表作品の七重奏曲に仄めかしのように入れられていたにすぎないことがわかる(8-436)。ソナタが臆病な試作でしかなかったと形容されるほどに七重奏曲は傑作であり(8-440)、そこには歴然とした差異がある。
 まず、ソナタはヴァイオリンとピアノの二つの音色から構成されているが、七重奏曲はその名の通りに七つの音色から構成される。この数の違いは本質的に重要だ。ソナタの二つの楽器は「対話」としてかけあう。「人間の言語を除去したこの対話は、隅々まで幻想にゆだねられていると思われるのに、かえってそこからは幻想が排除されていた、話される言語は、けっしてこれほど頑強に必然性をおし通すことはなかったし、こんなにまで問の適切さ、答の明白さをもつことはなかった」(1-593)。このように、音楽は人間の言語を必要としない対話だと形容されながら、しかしこのあとすぐにその二つの楽器の音色は「地上にまだ彼ら二人だけしかいなかったかのよう」、つまりヴァイオリンとピアノはアダムとイヴに擬人化されている。世界のはじまりの最小単位の数がソナタでは示される。スワンと関係するのはオデットだけであり、ふたりはふたりで閉じている。対して楽器数の増えた七重奏曲はより雑多に、「異なるさまざなの要素が、つぎつぎに顕示される」(8-440)。語り手はアルベルチーヌとだけではなくジルベルトとゲルマント夫人と花咲く乙女たちと、さらにアルベルチーヌはアンドレとヴァントゥイユ嬢と、それぞれに散らばりながら関係がある。そしてソナタは「一方は長く連続した純粋な一つの線を短い呼びかけによって切断」するのに対し、七重奏曲は、「散らばった断片を分割しえない一つの骨組につなぎあわせる」(8-446)。異なる要素が統合されるという七重奏曲の運動は、この小説自体の運動として捉えてよい。語り手はワーグナーの音楽を念頭に、作品自体のなかにもたらされる多様性が、「真に多様であるための唯一の方法による多様性であって、多様なさまざまの個性を結合するという方法」(8-273)によると述べている。小説作品内の多様性は、『人間喜劇』のように事後的に統一性を与えられる。七重奏曲のさまざまな要素が最後になって結合されるのと同様に(8-440)。ミシェル・ビュトールは七重奏曲と『失われた時を求めて』自体の成立過程を重ね合わせることができるという論を展開しており*2、いわく、プルーストが改稿を繰り返して作品が膨張していくにつれ、四重奏、五重奏、七重奏と置き換わっていったという。その真偽はさだかでないが、もしプルーストがより長生きし、全体を見通して最終稿を出すことができたなら、作品の冒頭に、本を読みながらうとうとと眠りに落ちるとき、その本の内容が頭にめぐったままの状況を「私自身が、本に出てきた教会とか、四重奏曲とか」になってしまったように思われると書き付けている部分を、「七重奏曲」に置き換えても不思議ではない*3
 ソナタと七重奏曲の差異はそのままスワンと語り手の差異になる。七重奏曲を聴いた語り手は、スワンとちがってそこに「アルベルチーヌの恋よりももっと神秘的な何か」を感じ取ったのだった。語り手にも恋や社交界があり、「卑俗な日常生活」(8-456)がある。しかし語り手は小楽節から受け取った啓示を、たとえばマルタンヴィルの鐘塔をまえにして抱いた印象を特徴づけるものとして、つまり事物を描写し小説を書くという営為につながるものとして捉えたのであった。

これであったのか、ソナタの小楽節がスワンにさしだしたあの幸福は?スワンはこの幸福をあやまって恋の快感に同化し、この幸福を芸術的創造のなかに見出すすべを知らなかったのであった。この幸福はまた、小楽節よりもいっそう超地上的なものとして、あの七重奏曲の赤い神秘的な呼びかけが私に予感させた幸福でもあった。スワンはあの七重奏曲を知ることができないで死んだ、自分たちのために定められている真実が啓示される日を待たずに死んだ多くの人たちとおなじように。といっても、その真実は彼には役立つことができなかっただろう、なぜならあの楽節は、なるほどある呼びかけを象徴することはできたが、新しい力を創造する、そして作家ではなかったスワンを作家にする、ということはできなかったから。(10-334)

 芸術から受け取った幸福を恋の方ではなく新たな創作のほうへと向けること、真実の啓示を受けること。スワンの歩めなかった道を語り手は歩むことになるだろう。もちろん、恋は芸術と真逆の道を示すただの邪魔物なのではない。そうであればこの小説の中でこれほど恋愛に関する記述が多いわけがない。ただ恋愛に関する心の動きが芸術の甘美さに似ているために、恋愛はその先にある真実の手前で人を立ち止まらせてしまうことがある。もし真に芸術へと自らを向けることができたならば、恋愛すらも芸術の糧になるだろう。語り手は拡散する人間関係ととりとめのない嫉妬のなかで、芸術的創造への道を見出したのだから。

 手に取った一冊の本。そこには何か暗号めいた未知の文字が書き付けられている。私には読みとることができない。しかし、これがしかるべき方法で読めばしっかりと意味のわかる文字であり、この書物にはきっとなにか重要な、世界の真実が書かれているのであろうことがわかる。指で文字をなぞると印刷の凸凹した紙の表面が感じられる。この場所に辿り着いた人間、さらにこの本を開いた人間が私の他にいるのだろうか。いないとしたら私はこの文字たちをいつか解読し、その読み方を記しておかなければならない。この夢はいずれ消えるだろう。しかしこの文字は私の夢を覚えていて、いつかの私にここであったことを教えてくれる。

 ヴァントゥイユの遺稿である七重奏曲の解読作業を行ったのはヴァントゥイユ嬢の女友達であった。その解読作業とは、ヴァントゥイユの遺した楽譜が読めないほど粗雑であって、それを根気よく清書したというような類の話ではおそらくない。ヴァントゥイユは当初ソナタしか残さなかったと伝えられており、「その他のものは、存在しないも同然の、判読できない記号のまま」であったとされていた(8-457)。その判読されないために存在しないとみなされていた記号に解釈を与えること、「誰一人知らないその象形文字Hyérogriphe)の確実な読みかたを決定」することが、ヴァントゥイユ嬢の女友達ひとりの成したことであった。語り手と読者の私たちはここで、ヴァントゥイユ嬢とその女友達が同性愛的な関係にあり、もう亡くなったヴァントゥイユの写真に向かって唾を吐きかけ、彼を冒涜してしまうという場面(1-274)を思い出す。ヴァントゥイユ嬢の女友達としか言われない彼女は、そのような冒涜的なおこないの償いとしてヴァントゥイユの遺稿を世に出すという仕事をおこなったのかもしれない。彼女の匿名性*4と償いとしての創造という点においては、語り手との重なりも指摘できるところだろう。なにより恋愛(=メゼグリーズの方)から芸術(=ゲルマントの方)への道を示したこと、それが名のない彼女が音楽を通して語り手に成したことである。
 そんな彼女が解読した未知の記号が、「象形文字」とやや唐突にも思えるものに喩えられていることに注目しよう(岩波文庫吉川一義訳ではただ「判じ物」とされているが、ここではヒエログリフの訳を象形文字とする)。音しか表さないアルファベットの組み合わせで意味を表出している文化圏の人間にとって、ヒエログリフとは文字そのものがある事物の形をしており(たとえばエジプトのヒエログリフだと、ハゲワシや葦の穂が文字の形となっている)、意味を伝達することができるという点で特異なものである。アルファベットと異なって象形文字は、文字自体が時間と記憶をもつ。ヴァルター・ベンヤミンは、『ドイツ悲劇の根源』において十七世紀のバロック劇について書くなかで、アレゴリー象形文字だと言っている。

啓示された言語については、それがいささかも自身の尊厳を失うことのないような生き生きとした自由な使用を、矛盾なく考えうるのに対して、この啓示された言語を表わす文字――アレゴリーはそのような文字として振舞おうとする――の方は、そういうわけにはゆかない。文字の神聖さは、その厳密な体系的集成という考え方と不可分である。なぜなら、神事に関わる神聖な文字はすべて、さまざまな複合体のうちに固定化され、これらの複合体は、究極的には、唯一にして普遍の複合体をなすものとなる。[…]この神聖な複合体は象形文字のなかに刻印される*5

 ここでベンヤミンがいわんとすることは、文字そのもののなかに神の啓示による言語の使用法が秘められており、象形文字(=聖刻文字)はその体系をなしているということである。そのような象形文字で書かれた書物には、おのずと世界の真理が宿るだろう。私がここでベンヤミンを導入したのは、彼のいうアレゴリー象形文字プルーストの喩についてのことだと考えられるからである。プルーストの喩については、ジェラール・ジュネットの「プルーストにおける換喩」や、保苅瑞穂の「プルースト 印象と隠喩」などすでに多くの文章が書かれており、彼の小説の根幹に関わる方法として紹介されている。「隠喩の発見は、言葉による事物の再生*6」である。小説という営みにおいて、事物と私と言葉はいかなる関係を結んでいるか。ここでは有名なマルタンヴィルの鐘塔の場面を取り上げよう。
 語り手の〈私〉は、馬車に乗りながらマルタンヴィルの二つの鐘塔とその背後にあるヴィユーヴィックの鐘塔をみる。動いているのは〈私〉の方だが、私は「鐘塔の線の移動、その表面にあたっている夕映」をみとめ、「何かがこの運動の背後、このあかるさの背後に存在する、それらの鐘塔はその何かをふくみながら同時にそれをかくしているようだ」と感じる。やがてそこを通り過ぎ、日は暮れて鐘塔も視界から外れたが、私は「私の鐘塔を思いだそうとした」。そして、「マルタンヴィルの鐘塔の背後にかくされていたものは、いくつかの語の形(la forme de mots)で私にあらわれ」、それらの語は私に快感を起こさせ、揺れる馬車の中で私は短文を書きつけた。そのとき書かかれた短文は括弧をつけた引用の形でそのまま連なる。「それだけが、平野の面から高く、ひろびろとした野原にぽつんと迷いこんだ形で、マルタンヴィルの二つの鐘塔は、空にのびていた。まもなく私たち(nous)は鐘塔が三つになるのを見た、すなわちおくれて加わったヴィユーヴィックの一つの鐘塔が、大胆な一旋回で、二つの鐘塔のうしろ正面に位置を占めたのであった。時刻は過ぎてゆき、私たちは早く進んでいったけれども、三つの鐘塔は相変わらず私たちのはるか前方にあり、平野におりてじっと動かず、日があたって目立つ三羽の鳥のようであった〔…〕」(1-302)。 
 つまりここでは、まず小説の地の文として語り手の私が鐘塔を見たという事実と、すでに視界から消えた鐘塔の印象は「いくつかの語の形」として私に現れたということが順に語られる。読者はそこまで読んで語り手の私に起こったことをすでに把握しているが、小説的線状時間の流れたのちに、実際に〈私〉がその馬車の中で書き起こした文章が事後的に引用されることによって、書かれた鐘塔と時間と私が層をなしていることがわかる。この二つの層の文章は〈私〉という同じ人物が書いていて、読者の私たちはそこに分裂と統合を見出す。二つの鐘塔を見ているとやがて三つ目の塔が現れたり消えたりする運動のように。三つの塔を「日があたって目立つ三羽の鳥のよう」だという直喩ももちろん喩の一部ではあるが、私たちはこの時間をかけた小説の運動全体を契機づけているなにかを喩と呼ぶべきだろう。喩は「語の形」として私にあらわれ、私はそれをひとつながりの文章にしてやる。語り手にとっての〈探求〉は、この喩をいかに解読し、表現するかにつきるといってもよい。刻々と景色の変わる馬車に乗った〈私〉と、その場で文章を書きつけた〈私〉と、のちにその時のことを語った〈私〉と、さらにもっと後にあれが作家としてのはじまりだったと振り返る〈私〉は、それぞれが視点の異なるモナドとしての〈私〉たちである。一方で〈私〉は形式において一冊の本にまとめられ、ある統一性をもってもいる。そうした〈私〉の分裂と統合をなしているのが喩なのである*7
 語り手は鐘塔を見る場面の前に、「自分が文学にたいする素養をもたないこと、いつか有名な作家になるという望をすてなくてはならないこと」を嘆いていた(1-298)。そんな悲しい散歩ののちに、事物の発する啓示をわずかに感受できた体験として、思わず書きつけたマルタンヴィルの短文が現れるのだから、この短文はかれの小説家としてのはじまりの地点として位置づけられる。そのとき語り手が感じていた馬車の揺れは、煩わしくも書くために必要だった。それは喘息のリズム、あるいは敷石につまづいた際のよろめきにも似たようなものではなかっただろうか。 
 そして、そのリズムが引き出したのはなんであったか。事物とその印象――散歩で摘んできた草花とか、日ざしを浴びていた石とか、屋根とか、鐘の音とか、木の葉の匂いとか(1-300)——は、ふつう私の中に滞留し死んだままとなっている。それらを生き返らせること、いまの私に感じ取れるかたちとして書き起こすこと、それが〈私〉のはじまりの地点であった。ものの側に具体的な形や意味があり、人間はそれに一つの解釈を与えるにすぎない。というより、人間はその素材としての記号が発しているなにかをただ感じ取り、人間としての表現の仕方にあらためているにすぎない。小説は、人間よりも長生きする。無意志的記憶とはまさに、人間の知性によるのではなく、素材によって否応なく引き起こされる記憶の想起の仕方を示す言葉である。しかし一方で〈私〉は、「意志の力が十分でなかったために」(1-300)、書くべき現実を発見できないでいたと語っている。マルタンヴィルの鐘塔によって引き起こされるのは記憶ではない。物や風景といった素材が発する何かによって触発されたのだとしても、そこに私の能動性が加わらなければ鐘塔についての文は書かれることがない。書かれるべきことは事物の側にあるが、私たちはそれらを解読し、人間たちのわかるような形に改める。フロイトは『夢解釈』で、「夢内容のほうは、いわば象形文字(Bilderschrift)で書かれているから、その記号の一つひとつを、われわれは夢思考の言葉へと移し換えられなければならない*8」と書いた。絵であり文字でもある象形文字は、夢の内容とその思考を繋ぎうるシーニュである。そして〈私〉がそれをどう翻訳し、解釈するかという問いは、プルーストが、ベンヤミンが、フロイトが、ドゥルーズがたてていた共通の問いである。ドゥルーズは、『プルーストシーニュ』においてアンチロゴスとしての象形文字について着目した。

存在するのはロゴスではなく、象形文字でしかない。思考すること、ゆえにそれは解釈すること、ゆえに翻訳することである。諸本質は同時に翻訳すべき事物であり、翻訳それ自体であり、シーニュと意味である。諸本質は思考するように私たちを強いるためにシーニュの中に巻き込まれ、必然的に思考されるために意味の中に繰り広げられる。いたるところに象形文字があり、その二重の象徴は出会いの偶然と思考の必然なのだ。すなわち「偶発的にして不可避」*9

 私が主意的に思考するのではなく、私に否応なく思考を強いるシーニュが存在している。そのようなシーニュの総体であるところの小説を読むことで、私はシーニュたちの意味の交通に巻き込まれ、そして私が介入したことで変化した流れにおいて新たなシーニュが生まれる。象形文字の解読者となることは、そのシーニュとの偶然的な出会いにおいて、これしかないというような固有の表現を探り当てられるようになることである。そして解読した痕跡をいつかの〈私〉のために残しておくことこそ、書く生き物としての私たちの仕事なのだ。
 ここまで象形文字アレゴリー-喩-絵文字-シーニュというそれぞれの思想家のタームを用いつつ、その連関と共通性を示してきた。プルーストに戻ろう。さて、七重奏曲を聴いた場面から離れ、ある重要な場面で象形文字は再登場する。『見出された時』において、語り手が一つの芸術作品としての小説を書くと決心した場面である。

たとえば、雲とか、三角形とか、鐘塔とか、花とか、小石とかを私はながめていた、そしてそれらの表徴(signe)の下には、自分が発見につとめなくてはならないまったくべつのものがあるだろう、と感じていた、そのものは何かある思想にちがいなく、雲や鐘塔や小石は、人にはただ具体的な事物しかあらわしていないと思われるあの象形文字のような形で、その思想を翻訳していたのだ、ということを。いうまでもなく、それの判読はむずかしかった、しかしその判読だけが、何かの真実を読みとらせるのだった。というのも、理知が白日の世界で、直接に、透きうつしにとらえる真実は、人生がある印象、肉体的印象のなかで、われわれの意志にかかわりなくつたえてくれた真実よりも、はるかに深みのない、はるかに必然性に乏しいものをもっているからだ、ここで肉体的印象といったのは、それがわれわれの感覚器官を通してはいってきたからだが、しかしわれわれはそこから精神をひきだすことができるのである。(10-335)

 すなわち生活の中にある象形文字たちを判読することが、〈私〉にとっては書くことであり、生きることである。それはいうまでもなく、難しく、時間のかかることだ。けれども、その難しさに立ち向かおうとしなければ、きっと生命はただ朽ちてゆくばかりでやがて誰からも忘れられてしまう。「見出された時」が出版されたのはプルーストの死から五年後のことである。ヴァントゥイユの作品が死後になって解読されたように、私たちもまた『失われた時を求めて』を解読する。「われわれの文字で跡づけられるのではなくて、象形的な文字であらわされた書物、それこそがわれわれの唯一の書物である」(10-338)。

 私は再びあの塔のようなところ、そのなかの一室、そのなかの一冊の本にたどり着くことがあるだろうか。「人間というのは、生きた竹馬にとまってその生涯を送り、その竹馬はたえず大きく成長してゆき、ときには鐘塔よりも高くなり、ついには人間の歩行を困難にするばかりか危険にしてしまって、人間はそこから突然転落する」(10-634)。本の最後に書き付けられたこの文章は、これから私がその塔よりもっと高いヴィジョンをみることも、あるいはそれをみないままに死ぬかもしれないことも示している。突然そこから落ちたとき、それまでに触れ得たものたちや抱いた印象や感情を取りこぼしたとしても、いつかの夢で私はまた思い出すだろう。

 

 

*1:失われた時を求めて』の引用はすべて、井上究一郎訳のちくま文庫からおこない、文中の丸括弧内に巻数–頁数を示す

*2:ミシェル・ビュトールプルーストにおける架空の芸術作品」『レペルトワールⅡ』、石橋正孝監訳、幻戯書房、2021年

*3:Cf.ジャン=ジャック・ナティエ『音楽家プルースト』、斉木眞一訳、音楽之友社、2001年、167頁

*4: 匿名性ゆえか、ベケットは彼女を女優レアと勘違いしている。サミュエル・ベケットジョイス論/プルースト論』、高橋康也ほか訳、白水社、2020年、185頁

*5:ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲劇の根源』下巻、浅井健二郎訳、ちくま学芸文庫、1999年、46頁

*6:保苅瑞穂『プルースト 印象と隠喩』、筑摩書房、1982年、162頁

*7:吉本隆明は、「言語にとって美とはなにか」において、散文における描写について、場面の選択→言葉による場面の転換→さらに高度に抽出されたものとしての喩という表現の段階があると言っている。喩は書かれた事物と書かれた私と書く私の結び目としてある。Cf.吉本隆明「言語にとって美とはなにか」『吉本隆明全集8』、晶文社、2015年、103-146頁。また、そのような喩を用いた小説の〈制作〉について強力に論じたものとして、山本浩貴+h「新たな距離 大江健三郎における制作と思考」(『いぬのせなか座1号』いぬのせなか座、2015年)がある。

*8:ジークムント・フロイトフロイト全集5』、新宮一成訳、岩波書店、2011年、3頁。また、ベンヤミンプルーストの無意志的記憶について述べるとき、ベルクソンだけでなくフロイトにもふれている。Cf.ベンヤミンボードレールにおけるいくつかのモティーフについて」『ベンヤミン・コレクション1』、浅井健二郎編訳、ちくま学芸文庫、1995年、426頁

*9:ジル・ドゥルーズプルーストシーニュ』、宇野邦一訳、法政大学出版局、2021年、135頁。フロイトドゥルーズの「象形文字」のモチーフの共通について、以下の文章が参考になる。小倉拓也「ヒステリー的身体の二つの形象性:ドゥルーズフロイト」『思想』(No.1167)、岩波書店、2021年、106-122頁