2021-09-02(土星/としての/私)


日記はキティと呼びかけるより、あんた誰?から始めたい派だ。
だいたい一週間以上書かないでいると、書き方を忘れてしまう。

何日も何週間もむなしく頭を悩ませ、習慣で書いているのか、自己顕示欲から書いているのか、それともほかに取り柄がないから書くのか、それとも生というものへの不思議の感からか、真実への愛からか、絶望からか憤激からか、問われても答えようがない。書くことによって賢くなるのか、それとも正気を失っていくのかもさだかではない。もしかしたらわれわれはみんな、自分の作品を築いたら築いた分だけ、現実を俯瞰できなくなってしまうのではないか。だからきっと、精神が拵えたものが込み入れば込み入るほどに、それが認識の深まりだと勘違いしてしまうのだろう。その一方でわれわれは、測りがたさという、じつは生のゆくえを本当にみさだめているものをけっして摑めないことを、ぼんやりと承知してはいるのだ。

 

W・G・ゼーバルト土星の環』、鈴木仁子訳、171-172頁

 

また暑い日が続いている。でも梨とぶどうがおいしくて、すこしずつ秋が近づくのを感じる。と書いてから日が経って、九月に入って気温は下がった。いまは水の音がする。アルバイト先でも、ぽつぽつとかかる人が出てきていて、私は幸運にもワクチンを二回打てたけれど母親はまだなので、怖いのと、べつに働かなくてもいいかと思ってしまって、バイトもせず、ずっと部屋で本読んだり寝たりしてのんべんだらりと過ごしている。

このあいだ初めてカウンセリングを受けた。60分7700円。高いけれど、母親以外の、頼ってもいい人を作った方がいいと思った。カウンセラーは母親と同じくらいの年齢の人だった。そもそもはっきりとした鬱とかではない(それなら病院にかかった方が良い)ので、解決するとかはないけれど、次はこれを話そうとか、いざとなったら頼っても良いところがあると思えるだけでいい。しばらく通ってみようと思う。

泣くとき、頭が熱を持つ。その熱をうさぎに分け与える。

「楽だったんだ。泣かないからぜんぜん手がかからなかった。何かみつけて来て、ひとりで黙って遊んでるんだもの」
涙がぽろぽろこぼれて止まらない時、いったい涙ってどこからこんなに出て来るのだろうと思うことがある。そんな時、きっと小さい頃から泣き虫だったんだろうなと思っていた。でも、そうではないことがわかったのだ。
本来持っているわたしの質、原形は、もしかしたらこんな乾いた感じなのかもしれないと思い、聞いたその日から、あたらしいわたしがはじめからやり直される感じがした。
だんだん原型にもどっていくような気がしたのだ。
大人がたくさんいる家だった。まん中にやっと生まれて来てくれた子供がいて、まわりには太陽を囲むように大人の惑星がいて、その子を見ながらそれぞれの仕事をしていた。
それぞれひとりひとりが、くっつき過ぎないという引力を持って、まわっていてくれる幾つかの人の惑星を持つ、独立した太陽であること。
こんがらかってしまったら落ち着いて思い出そう。静かな、天体としてのわたしを。

 

片山令子『惑星』、11頁

 

 

アマゾンのほしいものリストから、またたくさんの本や漫画をいただいてすごく嬉しい。どうやら一人の人がたくさん贈ってくださっているみたいで、なんのお返しもできなくて申し訳ない。でもやっぱりうれしい。ありがとうございます。プレゼントを贈ったり贈られたりすることが、基本的には好きだ。同い年の女性へのプレゼントは、ついでに自分のものも買ってしまったりするから楽しい。その人のことを考えて品物を選ぶときや喜んでくれる様子や、包装されたプレゼントを開ける時のわくわくする感じは独特のもの。そんなこともめっきりなくなった。
そう書いてから自分のために嗜好品の買い物が俄然したくなり、ジルスチュアートの香水とハンドクリーム(幼いブランドと言われそうだけど好きな甘い香りが多く、価格も比較的お手頃でいい)、ジェラピケのルームフレグランス、あと下着などを買い求めた。部屋がいい匂い。本以外にもお金を使いたい。

 

大江健三郎の『水死』を数日前読んだのと、ツイッターでなにやら騒がしい創造的読解?誤読?論争?を目にしたので、私小説の問題、私のことを虚構として書くことについて考えていたが、どうでもよくなってしまった。すぐになにもかもどうでもよくなってしまう。

 私たちは、行為がその結果を産むように人生が自叙伝を〈産む〉を考えているが、同様の正当性をもって、自叙伝という企図のほうが人生を産み、決定することもあるし、書き手の〈行う〉ことはすべて、実は自己描写するための技術上の要請に支配され、したがって全面的に描写の媒体の資質によって決定づけられているのだと言えないだろうか。

 

ポール・ド・マン「摩損としての自叙伝」『ロマン主義のレトリック』