2021-01-14(湖/日記/オフィーリア)

 彼らは独自の境界線の内側に潜んでいますが、孤立しているわけではありません。私の心の中にある湖に、各々ボートに乗って浮かんでいます。縁に立てば、一目で輪郭をたどれる、池と見間違うほどの湖です。とは言え、ボートがぶつかり合うことなく自由に漂ってゆけるほどの広さは保たれています。波はなく、湖底は深く、水は薄緑色です。
 どんな水路ともつながっていない、ぽっかりと宙に浮かんだような湖なのに、彼らがどこからどうやって集まって来たのか、私にも分かりません。[…]
 いわば湖は私の友人たちを招き入れるための小部屋です。親しみを感じ合えるもろもろを図柄にした切手の収集帳です。あらゆる言葉を受けとめてくれる日記です。
 まぶたを閉じ続けると決めた時、今、自分の湖に自分のボートを浮かべたのだと分かりました。自分でこしらえた小さな湖に、自分を閉じ込めたのですから、何の不安を感じる必要もありません。そこは懐かしい場所です。きっとアンネは私の日記を読んでくれるでしょう。

 

小川洋子堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』(引用は小川洋子の文章)

 

どこにも水路がない湖は放っておくとどんどん澱んで、鳥も寄り付かなくなり、浮かんでいたボートは藻に絡んで身動きがとれなくなってしまう。浄化するには、逞しい生命を新たに迎えてすこしずつ澱みを吸収してもらうしかない。私の湖ではオフィーリアは自らの意志で眠るように死ぬだろう。

 

のぞきこむだけで誰もが引き返すまみの心のみずうみのこと