2019-10-03(疲弊/信頼)

 


わたしは割と毒舌キャラみたいに呼ばれてきたことが多くて、言いたいことは言えるほうだと思っている。けれども、気に入られたい人に対しては気に入られたい気持ちが先行して、思ったことを言わなかったり思ってもみなかったことを言ったり言えなくてぐじぐじしたりする。今日は言いたいことがあるのに状況的にその場では言えなくて、あとで待ち伏せしたりして最悪だった。絶対気持ち悪いと思われたと思う。自意識過剰、なんだろうか、そうなんだろう。その行為自体ださいしさらにそれを超反省している今の自分もださすぎて無理になってしまう。

 


大学の制度が本当に信用できなくて、勉強はしたいけど人間関係がうまくいかなくて、かといって今勉強以外に頑張っているといえるものがなくて、それがぐらぐらになるとなんで生きてるのかわからなくなる。依存先を一つにするとそれがだめになった時に全てがだめになってしまうから、どう考えても依存先を増やすのがいいんだろう。でも、どうやって??本当は誰にも何にも依存したり執着したりせずに生きていきたい。

 


わたしは誰のために、どうして、生きなきゃいけないんだろう、と言葉にすればあまりに陳腐な表現になる。

今の悩みなんて5年後にはたぶんどうでもいいことで、ちょっとしたことにすごく動揺してしまうことが、すごく嫌で、もっと超然としていたい。仏になりたい。

 


もうだめ、ぐるぐるとしながら部屋に向かったけど誰もいなくて、そこらへんにあった吉野朔実の『グールドを聴きながら』を読んでたけど途中から余計つらくなってきたところに、たまたま知り合いが来てくれて話を聞いてくれてこれからどうしたらいいか相談に乗ってくれた。わたしはいままで相談事のほとんどを母親にしてきて、愚痴を友達にいうことはあっても、自分の中で未決定のものを友達に相談して決定する、ということをしたことがなかったので、悩みを共有して一緒に考えてもらうというのが初めてだった。「もっと他人に頼れ」ってよく言われてきたけど、頼るって何、って思ってきたけど、こういうことかな?とわかった気がした。でもやっぱり今まで「もっと頼れ」って言ってきた人にはそれを言う前に助けて欲しかったと思う。それにしても、そう人生うまくいくものではないね。今日のことを例えて言うなら、大学の合格通知もらったあとで、やっぱり不合格ですと言われる、みたいな感じだった。つまりたぶん絶対大丈夫だろうと思っていたことが、目の前で急にがらがらと崩れてしまって錯乱、途方にくれる、みたいな感じだった。でもまあきっとなんとかなると信じて頑張る。大学の制度はクソ。