2019-05-22(薄桃色の血をにじませたゼリー/言葉の洪水)

彼女は意味もなく、紫色のボールペンでコップの縁を規則的にたたいた。それから左手の親指と人差指で匂玉の形に似たような小さな氷片をつまんで口に入れる。熱い口腔の中で氷はしだいに融け、世界は静かで規則正しい呼吸を繰り返し、彼女は傷つきやすい薄桃色の血をにじませたゼリーのような魂の中で培養した孤独の中心で、ひっそりと息をつめる。無数の恋についての物語があり、それは決まって、むくわれない情熱の運命について語るのだ。むくわれない情熱の中で、彼女は息を殺し、その中で眼を開こうとする。言葉の洪水の退いたあとの水を吸い込んでこのうえなく柔らかな黒褐色の泥濘と化した大地の上で、愛という虚妄の真実と巨大な仮装の中で、彼女は身を横たえて喘ぎ、世界の地表深く核へ到達しようとして、彼に向かって腕を差しのべる。

 

金井美恵子「不滅の夜」『恋人たち/降誕祭の夜』p33

 

腕を差しのべられる彼らの夢を連続してみる。目覚めたときの幸福感を振り切りたくなくていつまでも寝台にいる。

属することの安心と引き換えにできるものは持ち合わせていなかった。目的をもたない集団は己の存在価値を見つけられない。